2008年03月10日 00:19
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⇒『CLANNAD -クラナド-』についての重大な質疑応答。
あゆ級内のCLANNADに関する記事
http://ayu9.blog94.fc2.com/blog-category-6.html
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まず、禁止ワードで弾かれたということで、それに関しましては完全にこちらのミスです、申し訳ありません。唯、本当に危ない言葉しか登録してなくて、「sex」とか「ナンパ」とかなんですが、一体何が引っかかったのでしょうね。まさか、そういった隠語(淫語)を交えたコメントだったり…する訳ないか。いや、一度マジレスしたんだけど、禁止ワードで弾かれたんだよ。ごめんな。
俺は原作は未プレイだし、現在進行形のテレビアニメについてしかわからない。
あゆ級さんの「クラナド」に関するエントリを全部読ませてもらったけれど、とても丁寧に語っているな、という印象を受けたよ。このひとはメディアを問わずとてもこの作品を大事にしているんだなって、そんな風に感じたよ。
確かに俺の論旨と論理の展開は、普通に読むとわかりにくいよね。それは自覚してる。
ただ俺は「クラナド」を貶めたいとか、「クラナド」のファンを馬鹿にするとか、そういう思惑は、おそらくある程度わかってくれているとは思うけれど、全くないよ。
俺は自分のエントリで直接に誰かを名指して非難したり、ましてや「クラナド」を馬鹿にするようなことを書いたことはない。それどころか褒めまくっているふしさえもある。もしも俺が「クラナド」に大バッシングをしていれば当然、話はかわってくるだろうな。けれど、そういう事実はない。
だから、俺とあゆ級さんとではきっと論じ方や着眼点が違うだけなんだよ。お互いに違う立場から、「こういう見方もあるよ」、「俺は、あたしはこういう風に見たんだ」って無償で公に提示する、それでいいんじゃないのかな。駄目だろうか。
立場とか肩書きとか、そういうもののバイアスってのはもちろんあると思う。けれど俺はそれを根拠にして、ある作品やある主張に対して否定的な判断を下さないようにいつも意識しているよ。それはアニメの制作に関わる人間としてのコンプライアンスってやつだよな。
「クラナド」についての具体的な見解だけど、時間がある時、気が向いた時で構わないから、箇条書きで質問状のようなものを作ってくれれば真摯に答えるよ(Q100とかは勘弁してくれな)。
本来はこの場でばーっと応えるべきなんだろうけれど、作品を見る観点がちがうこと、質問・疑問・人格攻撃が辛辣すぎて冷静には答えにくいこと、労働の都合により、今すぐには答えられないこと(適当でよければ哲学者の名前と概念を羅列して煙に巻くけど、そういうわけにもいかんでしょうから…)、などの事情でむつかしそうな質問や疑義には即興で応えにくいのよ。
今日はこのあたりで堪忍してくださいな。それでは、失礼いたしました。(飽くまでも野球(笑)■コメント欄)
当ブログは長い間休止し、つい最近再開したばかりです。それで、再開後の記事であるCLANNADのエントリに対して初めて批評を頂けたので、とても嬉しく思います。要約すると、中身が無くて熱意だけだという評価だと見受けますが、それに関しては当人が重々承知で、日々精進しています。
そして、K・ワークスさんの批評及び解説に対して、俺は基本的に批判するスタンスを取っていますが、参考になったり勉強になったりすることも多く、レベルの違いや自分の浅学の程を再認識することも多々あります。特に、各々のカットの演出や画面効果の解説は大変秀逸で、K・ワークスさんの文章を読みつつ、該当するシーンを再生するといったことも実は結構させて頂いています。
その他にも、納得できる部分は多々あり、20話で言えば、朋也と秋生の「共犯=共謀」のくだりはそのような批評の方法があったのかと思うと同時に、自分には絶対に書けない文章であるとも思います。逆説的に言えば、批判している部分以外は概ね同意見です。
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K・ワークスさんがCLANNADが好きで、好きだからこそあのような緻密な文章を書けるのだということは承知しております。ですが、俺の思いを語らせて頂くならば、当ブログとは桁外れに多大な影響力を持つ大手ブログを運営している以上、自身の書く文章による影響力を常に自覚して欲しいと、僭越ながら感じます。間違った解釈(その是非は断定は出来ません)を読んだ人達が、その解釈を鵜呑みにして、CLANNADはこういった作品であるという決め付けや誤解が生じることを俺は恐れているのです。
そのような気持ちで今回と前回、K・ワークスさんに、貴殿の批評が多くの人達にとって正しいか正しくないかは分からないけれども、それでも一度振り返ってみて頂きたいと思い、敢えて疑問を呈した次第です。
俺は批評家が作品を批評するならば、同時に批評家も又批評されるべきだと考えています。もちろん、俺の文章も批評されて然るべきだと考えています。
K・ワークスさんも書いている通り、K・ワークスさんはCLANNADを批判している訳ではないというのは百も承知で、だからこそ俺はK・ワークスさんの批評を批判するのが難しかったです。宇野常寛の言うような、レイプファンタジー説を否定する方がどんなに楽かと考えもしました。ですが、宇野常寛に関して言えば、俺が態々やらずとも、既に多くの方々が彼に対して批判しています。その理由は、彼の話す説が明らかに誤りであるからです。逆に、K・ワークスさんの批評の場合は、多くの人にとってはその批評は正しく見えるのかもしれません。ですが、俺の価値観から計ると一見合理的に見えるが内実違うように感じました。
その直感を頼りに、誰も批判していないK・ワークスさんの批評を、「敢えて」俺が批判させて頂きました。
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K・ワークスさんの仰る通り、俺とK・ワークスさんは着眼点が違うだけだと思います。又、ネット上には様々な意見があって然るべきだとも思います。それに関しては仰る通りで、異存はありません。
ですが、一種の舵取りとして、批評家を批判することも又「あり」だと俺は考えています。それは、批評の絶対化、価値観の絶対化を避ける方法の一つです。
K・ワークスさんはとても頭の切れる方なので、恐らくそのことを慮って、新・アニメ・批評のリンク集の中に当ブログを加えてくださったのでしょう。ありがとうございます。K・ワークスさんの均整のとれたブログの中に、混沌の象徴であるあゆ級へのリンクが張られることによって、批評の相対化が起こるかもしれません。もちろん、俺のブログからも、新・アニメ・批評へのリンクを張ります。
K・ワークスさんの機転によって、批評の相対化が起こったので、俺は貴殿の批評を批判する必要は無くなりました。願わくば、あらゆる人の批評が同等の価値を持ちますように。
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さて、質問に答えてくださるということで、お言葉に甘えて幾つか質問をさせて頂こうかと思います。
■K・ワークスさん御本人について
(1)アニメーターということですが、具体的な担当を教えてください。
(2)どのようなアニメに携わりましたか。作品名を教えてください。
(3)上記(2)に対して返答できないかもしれないので、代わりに、携わった作品にK・ワークスさんのクレジットは載りましたか。
(4)ていうか、ぶっちゃけ、名前教えてください。もしくは業界内で使用しているペンネームを。
(5)今まで見たアニメの中で最高傑作はありますか。なければ、面白かった作品を幾つか教えてください。
■K・ワークスさんの記事について
(6)CLANNADとtrue tearsはどのように比較され得るのですか。何やら「昼ドラ」が関係しているようですが。
(7)「戦慄」の音声イメージによって、現実と虚構の境界線が崩壊すると今でもお考えですか。もしそのようなら、渚の声とか手を叩く音と、戦慄の音はどう違うのか教えてください。
(8)「予行演習」に参加できる人(参加させてもらえる人)と参加できない人(参加させてもらえない人)を決定する定義を教えてください。
(9)「予行演習」後に、ことみは「一人芝居」と発言していますが、それについてどのようにお考えですか。
■CLANNADのテーマについて
(10)「CLANNADは人生」とオタク達の間で言われているのは、何故ですか。
(11)アニメ版CLANNADのエンディングテーマが、原作CLANNADのエンディングテーマである「影二つ」ではなく「だんご大家族」なのは何故だと考えますか。
(12)CLANNADのテーマとは何ですか。
(13)CLANNADが家族をテーマにしている場合、それはいかなる家族で、どのように描写されているのでしょうか。
■最後に
(∞)バナナの曲がってる方ってどっちですか?
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以上13項目+αについて、お答えください。煙に巻くのは止めて頂きたいのですが、もし必要なら哲学やその他様々な専門知識を使用しても全然構いません。K・ワークスさん程ではありませんが、俺も哲学が好きです。
昼も夜も働いていらっしゃるK・ワークスさんの貴重なお時間を頂戴するのは大変心苦しいですが、是非とも真摯に答えてくださるよう、お願い致します。期限等は特にありませんので、時間が出来たときに取り掛かってくださいませ。
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あゆ級へアクセスして頂き、ありがとうございました。
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